モナコに入ったのは5月16日夕方。
ホテルミラボーにチェックイン。翌日午前中にレースエントリーをすませ、
合同のドライバーミーティングに参加。車はすでにヨットハーバーのテント下に運ばれている。
18日土曜。予選開始前に佐藤琢磨君にピットで会った。
彼は友人の中谷明彦氏の主催する中谷塾の塾生からの知り合い。
うちの会社が事務局をやっていたので、初めて来た無名時代からの
付き合いなのです。
第6戦オーストリアGPで大事故をおこしたあとだったので
大丈夫?と声をかけたら問題なしとのこと。
今回は本戦前にMonacoのコースになれたいのと
恐怖心をとりたいのでHistoric にF1で出走するのだという。
ジョーダンからも許可済みと言っていた。
嬉しい再会だった。
彼から激励され、予選の1回目のアタックへ。
まったく初めてのコースなので最初の数ラップはながしながら、
3ラップ目からアタックに。
排気量の1100cc しかない Lotus は1コーナーのサンデボーで出来るだけ回転を
落とさず、
ボービラージュをいっきに駆け上がる。
全開でエルメスやグッチの並ぶ脇を通過したあと3速にシフトダウンして
マッセネの左コーナーに突っ込み、ホテルドパリを左に見て
3速のまま右コーナーのカジノへ。
ミラボー手前で2速にダウンシフト。
右コーナーをクリアしたらスロットルを一瞬全開にし、
すぐブレーキングしてローズヘアピンに。
ローズの次の右コーナーをまがり、
3速にシフトアップしてスライドしながらポルティエをクリア。
トンネルの中は全開だ。
右の壁にあるParking のP のサインをクリッピングポイントにしてフルスッロル。
床が抜けるほどアクセルは踏みっぱなしのまま4速へシフトアップ。
ここは1本ラインを外にずらすとグリップが突然悪くなりコントロールを失う。
6ラップ目にラインをはずした車が左の壁に激突してレースを終えた。
翌週のF1で琢磨もチームオーダーでジャンカルロをパスさせるため
ここでラインを変えてクラッシュしてレースを終えている。
トンネルを抜けると左に曲がるヌーベルシケイン。
この手前のブレーキポイントが100mのサイン。
しかし150m のサインからコースは下にガクンと落ちているため、
トンネルを抜けたドライバーからはシケインはまったく見えない。
全開で次のコーナーが見えないまま150mのポイントを通過。
ヘアピンが見えたらすぐにフルブレーキグで2速へシフトダウン。
ここはかなり怖いですが、踏みっぱなしで行かないと
タイムがでない。
シケイン通過後は全開でタバココーナーへ。
タバコへは3速でスライドさせながら進入。
プール手前で2速にダウンシフト。右、左コーナーをクリアし
全開で3速にシフトアップ。
ラスカス手前で2速にシフトダウン。アクセルワークでコーナーをクリアし、
アントニノースをクリアし、メインストレートへ。
タイムを出すには1コーナー出口でいかにエンジンを高回転にたもつかと、
カジノでのスピード、タバコからプールまでのスピードが勝敗を決める。
セナがガードレールに数センチまで寄せられるという逸話を思い出し、
1度だけヌーベルシケインでトライしたらぶつかりそうになった。
1回目の予選は1度もクリアラップがとれなかった。
最終ラップでのアタックがベストだったのに、
ラスカスの出口で前を走っていた500TR がスピン。
ノーズに私の車の牽引フックが突き刺さって終了。
当時5億円くらいの車だったのでこちらは全く悪くないのに気がひけた。
2回目の予選は雨。
1コーナーではブレーキングが間に合わず、まっすぐ直進して停止。
ハンドルをきっても曲がりきれないし、クラッシュを避けるためそのまま
直進せざるをえないのだ。
直線のエスケープがある理由がよくわかった。
ミラボーでは1度ハイスピードで進入し過ぎローズヘアピンまでの下りでスピン。
上の写真の中央の大モニターに大写しになっていたらしい。
結局1回目の予選結果がベスト予選タイムとなり
日曜の決勝は40台中の16番グリッド。
まぁ5Lクラスの車との合同レースなのでしかたないと諦めつつも、
クリアラップさえとれてれば3列目か4列目にははいれたかも
しれないと思いながら車を降りた。